私は、アナタ…になりたいです…。
次から次へと矢継ぎ早に投げかけられる質問に、プロ野球選手並みのスマイルと滑舌で答えている。
今はそんな場面じゃないと思っているだろうに、一切そんな素振りは見せずにリップサービスを繰り返す。
見ているこっちは辟易としてきて、ただ呆然とするのみ。


どうして、そんなに皆に愛想よくできるのか?
どうして、勘弁して…と言わないのか?


湧き上がる疑問に頭をひねりながら、わざとその輪に入らないようにした。


式典後の騒ぎが収まった時、新人社員の女子の大半は彼の虜になっていて、今日何をしたとか、こんな話をしたとか、配属先が決まるまでの間、毎日そんな話ばかりを繰り返していた。

中には早くもお手を出された…と言う女子もいて、本当だか嘘だか分からないような噂に、皆は一喜一憂していた。


私が彼と初めて話をしたのは新人研修初日。しかもその内容と言うのもただの挨拶の練習で言葉を交わしただけだった。

「おはようございます」
「お疲れ様です」
「少々お待ち下さい」
「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」

皆で唱和した後、ペアになってやる事になった。



「お…おはようございます!」

彼を目の前にして、力んでしまった。


「小学生の挨拶じゃないんだから、もう少し声のトーンを落として柔らかく、ソフトに」

マナー講師に注意された。

「は…はい!」

ますます上がる声の調子に、向かい側に立つ人が苦笑する。
その目の覚める様な笑顔を見て、キュッと胸が締まったのを記憶している。
周囲にいる女子の目は冷ややかで、私が彼とペアになった事すらも嫉妬の対象になりそうだった。

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