私は、アナタ…になりたいです…。
バッグの中からコンタクトレンズのケースを取り出し、ロッカールームの洗面所へ向かう。
右手の中指で取り除いたレンズを丁寧に洗い、手探りでケースに戻した。

両目を手のひらで掬った水の中に浸け、瞬きしながら洗い流しているうちに異物感は治ってきた。


でも、今日はもうコンタクトを入れない方がいい気がする。
目尻の奥がヒリヒリして痛い。少し傷が入ったのかもしれない。



自分のロッカーに戻り、扉に備え付けられた鏡でメイクを直した。
直した…と言っても裸眼ではきれいに直せないから、メガネをかけたり外したりして…の作業。
アイメイクをベースからやり直しようやく全てが終わった時、休憩時間は残り20分になっていた。


(やばっ!お昼食べなきゃ!)

空腹で仕事なんてできない。いくら受付業務といえど、そんなことをしたら貧血を起こす。


慌ててロッカーを閉めて外へと飛び出す。
メガネで視野が狭くなっているのを忘れていた私は右から来る人影に気づかず、足を前に踏み出してしまった。


ドンッ!!

漫画ならそんな吹き出しが追加される様な衝撃を右半身に受けて体が浮いた。右足が床から離れ、ヨロリ…と左に重心が傾く。曲がっていた肘は急な傾斜に任せる様に伸び、その右手首を誰かが掴んだ。


「おっと!危ないっ!」


耳に入ったのは男性の声。
少し鼻にかかった様な丸っぽい声は、何処かで聞いたような気がした。


「大丈夫?河佐さん」


名前を呼ばれて振り返った。同時に手首を引っ張られ右足が着地する。
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