私は、アナタ…になりたいです…。
勢いもあまりついていなかったのに、ヨロついて背中が壁に当たった。
驚いて顔を上げると、目の前にいる人が心配そうな顔をしている。


「良かった…まだここに居たんだ…」


角を曲がったばかりの人は、私の肩に手を置いて膝を折った。
近づく眼差しに目を向けられなくて、スイッと逸らしてしまった。


「あの、大丈夫なので……どうぞご自分の部署へお上がり下さい…」


顔も見せずに言っても、その人は私から離れない。
肩に置いてた手は背中に回り、ぐっと相手の方へ引き寄せられた。


「嫌だ。泣いている人を1人残してなんて行けない。泣き止むまでこうしておく」

「えっ…あの、田所さん…」


ぐっと背中を押されて、彼の胸の中に収まることになってしまった。
何が起こったのか分からずに、ただ呆然…としてしまった。


溢れ続けていた雫は、急に引っ込んだ。
その代わりに乱れだした心臓の音に、かなり戸惑いながら声をかけた。


「も、もう泣いてませんから…離れて下さい…!」


願う様な気持ちでそう言うと、背中に回っていた掌の力が緩んだ。

スルッと離れていく体温に混ざって、微かなコロンの香りがした。



(香水…?付けてるんだ…)


初めて知る事実は、当然だと思えた。
営業職としては、身だしなみの一つみたいなもの。マリン系の爽やかな香りは、返って田所さんらしいとさえ思えた。


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