強引上司とオタク女子

走って逃げてるうちに女子トイレを通りすぎてしまう。
何かから逃げたいときは女子トイレが一番落ち着くのに、なんてこと。

仕方なく、次に落ち着けそうな非常階段に逃げ込んだ。

重い扉を持ち上げて、細い隙間から体を通し、後ろ手に扉を押さえて気配を伺う。
私の呼吸音以外に物音はない。
大丈夫だよね、追って来てないよね。


バクバクなる心臓。ほんのちょっと走っただけなのに息が苦しい。

普段から一つに結んでいるセミロングの髪が、走ったことによってサイドから抜け落ちて頬に張り付いている。
今見られたら、かなりホラーな顔してるかも。

ようやく呼吸が整ってきたところで、ふーっと大きく息を吐き出した。


「……無いわー。会社でとか」


何があったんだろ。
つか、邪魔しなきゃ何か起こっていそうな雰囲気だったよね。

オフィスで壁ドンとか、漫画か小説かよって思う展開……オイシイな。

もうすこし黙ってみてれば良かった。
そうしたら良いネタになったのに……ってか、今の段階でも充分妄想力は刺激された。

私はスマホを取り出し、高速で先ほどの状態をメモする。
もちろん主人公は国島さんではなく、架空の人物だ。


「使える。このネタ」


ニンマリ笑って、さてこれからどうしようかと考える。

まずは髪をまとめ直さないと、変なアダ名が付きそうだ。



川野八重、二十六歳。
人には内緒の趣味があります。




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