吸血鬼、頑張ります。
「おめぇがハルシュバーン?」
皆で花火を見ている時に、鉄観音に声を掛けた人がいた。
他の皆は気付いていない。
「思ったよりも小僧だな」
鉄観音の体は、鉛で固められたように動かない。
どうやら個人に対して強力な結界を掛けているようだった。
「おりゃ、月山いりえっつー者なんだが、魔導師組合からなんか聞いてっか?」
粗野で乱暴で、太い女声で捲し立てるように聞いてくる。
鉄観音は力を込めて、声の主を見るために首を曲げる。
そこには、息を呑むほど美しい女が一人立っていた。
「おおおおっ!俺の術を受けて動いたのはおめぇが初めてだよ」
美しい容姿とは裏腹に、酷く粗野なしゃべり方で驚く謎の女。
「だ、だれだ・・・あんた・・・」
鉄観音は必死に声を出した。
「だから、月山いりえだって。これからおめぇと同僚になんだよ。
せっかくだから顔でも見てくるかと思ってよ」
「ど、同僚?組合の監視役か・・・」
「まあな。めんどくさいけど、一先ず仕事は仕事だ。
今のうちに粉を掛けとかねぇとな」
月山いりえは他の虔属に気付かれないように、鉄観音だけを違う場所に移動させる。
丁度蕪木神社の社の後ろで、二人っきりになり、初めて結界を解いた。
膝を突いて倒れる鉄観音。
「敢えて祭りの時だから、来たって感じだな」
鉄観音は脂汗をぬぐいながら聞く。
「ああ。祭りに出てくると踏んでた。
本当は全員と話したかったんだが、後回しにして、まずおめぇに挨拶するかって決めたんだ」
その美貌とは裏腹な言葉遣いと声には、妙な威圧感があった。
がさつな言い回しの中に、刃にも似た鋭さを鉄観音は感じた。
「あ、あんたも魔導師なのか?」
鉄観音はいりえに聞く。
「ああ、魔導師組合の一人だよ」
「俺達の何を知りたいのかは知らないが、別段あんたらと事を構える気はないよ」
ようやく言葉が出るようになり、鉄観音はいりえに言った。
「俺もな、吸血鬼や妖怪を相手に商売してるから、やっぱし気になるんだよな。
まして、おめぇらが人間のコミュニティに入って来るわけだ。
そりゃ、どの程度か知らなきゃ話になんねぇだろうさ」
いりえはしげしげと鉄観音を見ながら言った。
「ま、宜しく頼むよ、ハルシュバーンさんよ。
忠告じゃねぇけど、学校で何かあったら、
虔属諸とも消すぞ」
いりえは鋭く鉄観音を睨む。
その視線は鉄観音を貫いた。
内臓までもレーザーで照射されるほど、鋭かった。
瞬間、月山いりえは消えた。
およそ、人の動きでは無いような速さだった。
蕪木神社の社の後ろで、鉄観音はしばらく動けなかった。
花火は佳境に入り、尺玉の弾ける音が、夜空に響いていた。