吸血鬼、頑張ります。
四畳半風呂なし、共同トイレ。
家賃はたったの六千円。
住人はこの男と、端の部屋に住む苦学生姉妹のみ。
男の部屋は、精神を病んだ大学生が首を吊って死んだ曰く付きの部屋だ。
亡霊として出てきたが、男を見るなりそれきり出てこなくなった。
それはそうだろう。
この男、妖怪の類いでは最高ランクの吸血鬼である。
地縛霊ごときが、おいそれと顔を見ることすら許されない。
言うなれば、妖怪の王様が吸血鬼であった。
だが、この吸血鬼の男はその自覚が足りていない。
と言うか、吸血鬼とはどういう者なのか解っていない。
幽霊が出たと大騒ぎし、近所の神社から御札を貰い、柱に貼り付けている始末。
御札のご利益でも何でもない。
自分が最高ランクの吸血鬼で、それに恐怖した地縛霊は二度と出てこない。
男は、その事を理解していない。
吸血鬼の男の名は
蕪木鉄観音(かぶらぎてっかんのん)
俗に言う、キラキラネームである。
この名前のお陰で、幼い頃散々にからかわれた。
名付けた両親は海外に居るらしいが、全く連絡が取れない。
両親は観音様のように成りなさいと、願いを込めて名付けられた事に成っている。
しかし、実情は母親が妊娠中にやたらと烏龍茶を求め、父親がラベルに書かれていた(鉄観音)に何故か惹かれ、名付けられていた事は、鉄観音本人には知らされていない。
鉄観音は、自分が由緒正しい東洋を支配する吸血鬼の一族であると聞かされる。
中学二年の夏休み初日であった。
何を言ってるんだこの親は?と、思ったが、余りにも真剣な眼差しで言われた鉄観音は、その設定を固く信じる。
その直後両親は、「日本は私達には狭すぎる」
と、書いた手紙を置いて海外へ蒸発してしまった。
手書きの汚い字の手紙と、吸血鬼証明書だけを置いて居なくなってしまったのだった。
吸血鬼の出産は基本人間と何ら変わらない。
吸血鬼と人の交わりは、一度だけ受胎・受精する。
この場合、母親は妊娠が解った時点で、父親の吸血鬼と離れなければならない。
吸血鬼が二人になってしまうのを避けるためだ。
最強の生物が争いを起こした場合、それは多くの命が奪われてしまう。
父親の吸血鬼は子孫を作った場合に、徐々に力を失う。
普通の人間に戻り、やがては消滅する。
吸血鬼は人間の寿命を終えた時、自身を燃やされなければ覚醒し生き返る。
しかし、子孫を残した時はその限りではない。
覚醒した時に自分の潜在意識の中にある、絶頂期の姿で吸血鬼として本来の鬼生が始まる。
即ち受胎や妊娠が吸血鬼の継承を意味するので、その行為は慎重でなくてはならない。
くどくど書き連ねたが、鉄観音は今の所、人として生きていた。
ただ、血が吸いたいと思うのは、先祖から受け継いだ遺伝子的要素であって、決して血だけを飲んで生きるのではない。
ご飯も食べれば肉も食う。
ニンニクラーメンだって食べる。
鉄観音は吸血鬼設定に忠実で在りたいと、ただ願い、憧れを持ち続けていた。