吸血鬼、頑張ります。
「大丈夫です。弟の琢磨君は我々で大切に保護させて頂きます」
強い口調から一転して、とても優しい口調でみさきは言った。
「彼は、人として人生を全うすべきなのです。
ですから、我々に預からせて下さい」
数々の神隠しの事案を解決してきた日野みさきは、妖怪と人との交渉に長けた魔導師であった。
今までにも、約束を反故にされた時も在ったが、ルールに基づいて厳正に対処をしてきた。
まして、今回の交渉の相手は、東洋の妖怪を支配する蕪木家である。
今は未だ力が弱くても、いずれはそうなる。
交渉には最大の神経を尖らせ、ゆくゆくの布石を配置する狙いも有った。
鉄観音は沈黙を破る。
「解りました・・・。
琢磨君を宜しくお願いします・・・」
香織と沙織は驚いた。
「王様!!」
二人は、絶対に鉄観音は琢磨を渡さないと信じていた。
ひよりは尚も声を上げて泣き出した。
「何故ですか王様!!姉弟の中を裂いてまで、あの女の言う事を聞く必要なんて無いじゃ無いですか!!」
香織は怒りを露に、鉄観音に詰め寄る。
「お〜さま!ひよりちゃん、かわいそう!!」
沙織も半泣きに成りながら、声を出して抗議する。
鉄観音は静かに話し出した。
「昨日の夜は、二人が一緒に暮らせたら良いと思って、連れてきたんだ。
でも、みさきさんの言う通り、琢磨君は此処に居てはいけない。
彼の人生を、俺達が決めるわけにはいかないんだよ」
二人は黙って聞いている。
「彼には、俺達が出来なかった人間としての楽しさを味わって貰いたい。
普通に学校に行って、恋をして、仕事をして、結婚して、子供を作って・・・。
俺達みたいに、不滅の人生じゃなくて、俺達が出来なかった普通の人生を生きて貰いたい」
鉄観音は琢磨の手とひよりの手を握らせる。
「ひよりちゃん。わかるかい?
温かい手だよね。
生きているんだ。こんなに小さいけど、自分で血液を作って、心臓を動かして」
ひよりは自分の冷たい手に、弟の力強い生命を感じた。
「俺達は、血で繋がった吸血鬼の血族だけど、ひよりちゃんは琢磨君と今まで生きてきた家族なんだ。
その事実は、離れて暮らしていようと変わらないし、変えられない。
だから、ね。
琢磨君の人生を見守ってあげないか?」
ひよりは嗚咽しながら、
テーブルに顔を埋めながら、
うなづいた。
香織も沙織も、
涙を流しながら、ひよりと琢磨を見ていた。
「みさきさん。
琢磨君を宜しくお願いします」
改めて、鉄観音はみさきに伝えるのだった。