吸血鬼、頑張ります。
スヤスヤと、何事も無かったように眠る琢磨。
後部座席で寝息をたてていた。
日野みさきは蕪木家にて琢磨に術を施していた。
それは琢磨の幼い心を守るための術であり、吸血鬼との決別を促した術でもあった。
琢磨が目覚めた時、全てが一度リセットされる。
悪夢の様な出来事も、家族との思い出も、ひよりの事も、
長い夢を見ていた感覚に陥る魔導の術である。
琢磨と言う一個人が、これから長い年月を掛けて、人として生きていくためには必要な処置だと言える。
みさきは思い出していた。
別れ際のひよりの涙と、蕪木家の面々の沈痛な表情を。
何処までも追いすがるひよりを、鉄観音がなだめて踏み止まらせた姿を。
「こう言うケースは、やりきれないわね・・・」
みさきはおもむろに電話を取り出して、連絡をする。
「あ、私です。今回の案件も無事に処理いたしました。
ええ。問題は在りません。
少女は手遅れでしたので、死亡と言う事で処理して下さい。
組合の戸籍には登録をしておきます。はい。
そうですね。孤児になってしまいますから、魔導師組合で引き取らせて頂きます。
新しい戸籍を用意して置いてください」
みさきは電話を切る。
バックミラーに映る琢磨の寝顔を見ながら呟いた。
「あなたはこれから、あなたの姉のように苦しんでいる人を救えるような人間に成りなさい」
みさきの車は、やがて森を抜けて市街地へと走って行った。