その瞳をわたしに向けて
立花達が出掛けて暫くすると、部署内もまたいつもの様子に戻る
田中さんだけが少し興奮ぎみだった
「立花ちゃん、とってもステキだったねぇ。美月ちゃんもスタイリストさんみたいだったよ」
そう言って美月の席の前で話しているとその興奮を遮る低い声が頭の上から堕ちてきた
「仕事、遅れてるんだろ……さっさとしないと今日は誰も手伝ってもらえないぞ……」
その声に二人で肩を竦めて席に戻る
綺麗な立花さんにさっきまで見惚れてたくせに……
定時になっても、業務は終わりそうもない美月
そんな中で、部署の石井部長に内線がかかり、少しバタバタとあわただしくなった
「松田、悪いがお前も一緒に頼む。第2会議室だ。」
松田が石井部長に何かと伺い、話をしながら部署を出て行こうとして、もう一度足を止めた
「清宮、第2会議室にお茶三つ頼む」
………この時間から?
「はい」
今日は会社の春の新商品に関するレセプションパーティーでほとんどの取り引き先はそちらに呼ばれているはず
社内役員関係者はみんな出払っているし、総務課や秘書課もほとんど手伝いでいない
給湯室でお茶の用意をしているとトントンと壁をノックする音
「美月ちゃん、久しぶり」
そう言われて振り向くと、そこに川村冷蔵食品会社の川村社長がいた
学生の頃から会社を立ち上げ若干40歳にして上場企業まで成長させたやり手社長
業界きってのワンマン社長で有名らしい
「お客様って川村社長だったんですか?だって、今日はパーティーじゃあ……」
取り引き先の社長ながらお茶出しの美月がお気に入りなのか、何かと声をかける川村社長
それに対して物怖じしない美月
川村社長はニッコリと笑顔を見せると、給湯室の入口の壁に凭れ掛かる
「あのパーティーって、バートナー同伴だろ、さすがに離婚したばっかりだからね僕は。他の人に行かせたよ。」
見た目体育会系タイプの川村社長は、あまりパーティーなどは得意ではないと頭を掻きながら笑う
「川村社長、こちらです」
松田が会議室へ川村社長を誘導するために呼びにきた
お茶を出しにいくと、松田は川村社長の資料に目を通し、石井部長は何枚かの資料のコピーをしてもらうため部屋を出ていた
社長が持ち込んだ案件の商品コストに関する伺いをしにきたらしい。社長が直接やる仕事ではないはずだが、たぶん自分で動かないと気が済まないのだろう。
「美月ちゃん、今日は残業?」
少し手持ちぶさたな川村社長が美月に話し掛ける
「仕事が終わったら、離婚した寂しい僕と食事に行かない?」
そう言って美月の腕を掴む
「川村社長?」
社長の方を向いた美月は、すぐに笑顔を返すと掴んできた社長の手に自分の手をそっと添えた
「すみません社長、私……祖母からの遺言で、離婚された方との食事は御断りするように言われています。お誘いは嬉しいのですが……」
そう言った美月の言葉に、その場にいた松田がギョッとして顔を上げる
「ハッハッハッ……いつもながら上手くかわすなぁ。ヤル気が出るよほんとに。」
美月の腕を離し大きな声で笑う