その瞳をわたしに向けて



「美月ちゃん、立花ちゃんの休みって前から聞いてた?」


田中さんが美月の席を通り際に聞いてきた。

立花は今日休みだった。

「いえ、旅行だって聞きましたけど。有休貯まってて二、三日休みだって石井部長が言ってましたけど。」

「旅行?へぇ……」

田中さんも杉村常務が出社している事は確認済みらしい


やっぱり昨日、あの後喧嘩して立花さん出てっちゃったんじゃないんだろうか…………

「友達とか?急な平日にねぇ………家族は彼女いないからなぁ。」


「えっ?家族いはいんですか、立花さん」

「美月ちゃんの入社前だったからなぁ、立花ちゃんのお父さん、もともと二人暮らしだったのに事故でね。もう三年も前だけどね」

へぇ………なんかいつも穏やかな立花さんから想像できない。



「あら?……ねぇ、松田君昨日と同じスーツじゃない?」

急に視線と話の方向を変えた田中さんを見上げる

「へっ?」


「ほらっなんかシャツがちょっとよれてるし、ネクタイ一緒だぁ」


今、立花さんの話してたじゃん……………

田中さんのニコニコした目の前にいる松田

「…………」

「おはようございます、田中さん。昼の会議資料10部追加でお願いします。一部差し替えもしたいので間に合いますか?」

田中さんの触れられたくない指摘を完全に無視して、仕事を振ってきた


「はい、大丈夫ですよ。いいわねぇ若い人は楽しそうで。」

その若い人ってまさか朝の私の虫刺されも入ってないよねぇ…………

ああ、田中さんそんな話したまま戻っていかないでぇ…………


「清宮」


「…………」


近くで呼ばれても顔が上げられない。

「立花、休みだから見直し3回はしろよ。書類頼んできた奴の確認も必ずしてもらえよ。」

「…………はい」

すぐ後ろから美月に被さるようにパソコンの画面に松田の指先が伸びる

「!!」

「ちなみに、ここの改行次のがズレてる」

資料の書類を見る振りをして顔を隠す


「……………これ」

松田が薬局で買ってきたのか、市販の二日酔いの薬を机に置いて離れて行った



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