気になるパラドクス
「デザート食い終わったらデッキに出てみるか? 飲みながら出れるみたいだけど」

コーヒーを飲みながら、ゆったりしている黒埼さんを眺めた。

……今、気づいたけど、黒埼さんて場慣れしてるよね?

緊張でガチガチになっていた私に比べて、随分と寛いでいる気がするんだ?
それなりに場数を踏んでいると思って間違いないと思う。

「嘘つき」

驚いた黒埼さんが、困ったようにカップを置いた。

「何がだよ。デッキに出れるのはさっき黒服の兄ちゃんが言っていただろ?」

聞いてないけど。

「そうじゃなくて、あまりスーツ着ないって言ってた」

スーツどころか、ネクタイも普通の結び方じゃなくて、何だかややこしい結び目になってるじゃない。

「まったく着ないとは言ってないだろ。だから着ると驚くだろうとは思っていたが……美紅を驚かせるのは俺の趣味だし」

そんな新たなカテゴリー増やされても困るけど……。

「こういう夕飯に慣れてるよね?」

「ナイトクルーズは初めてだけど」

「エスコートも上手だった」

パクンと口を閉じて、黒埼さんはゆっくり唇の端を上げた。

「女をエスコートするのは男の礼儀だって叩き込まれてんだよ」

「私の取り越し苦労?」

「だろーなー。場数なんてそのうち着くもんだし……女と来たことあるのかと思ったか?」

「……ちょっとだけ」

だって慣れすぎでしょうが!

「お前ね。よーく思い出してみろ?」

何をよ? じろっと睨むと、黒埼さんは自信満々にニヤリとした。

「俺が場所柄わきまえるような性格してると思ってるのか?」

……自信をもって言うことじゃないのはわかるわー。

でも、そうだな。初対面の女をいきなり壁際に追い詰めるわ、会社内でキスするわ、飲み会では膨れてるわ……。
場所柄って言うより、常識をわきまえているのか考えるところだけど。

そもそも、ザ・常識人だったら、私のことも見た目で判断したんだろうな。

黒埼さんの“常識”の基準はわからないけど、ちょっとだけ、人とはそれを計るものさしが違う気がする。
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