気になるパラドクス
「ま……いいか」

「いいのか?」

「うん。いいよ」

私にもあなたにも過去はあるわけだし。36にもなる男に、過去がなければ逆に驚いちゃう。
たまにそれはイライラの原因になるのかも知れないけど。

「昔は昔で今は今でしょう? 今まで何人付き合ったとか、いつまで彼女いたの、とか、気にならないわけがないけど、出会う前の事を言ってもしょうがないし」

黒埼さんは目を細めて遠い目をした。

「お前と違って、俺が付き合ったのは数人だよ」

「私だって数十人もいるわけじゃないからね!」

そりゃー、こんな大女に果敢にも告白してきた男とは、私もなんとなく付き合ってきたけど、そもそも絶対数が少ないんだし。

そんなことを思いつつ、ケーキを食べ終わってフォークを置くと、黒埼さんは立ち上がって手を差し出した。

……こういうところ、普通に女の子扱いしてくれるよね。

差し出された手に手を重ねて立ち上がらせてもらい、クロークでコートを受けとってからデッキに出ると、ちょうど橋を通過するところだった。

「きれーい」

「こうしてみると、でかいなー」

黒埼さんはロマンチックな演出するけど、発言が裏切ってるなー。

「雰囲気ぶち壊すの好きねぇ」

「そりゃお前、照れるだろう」

たいして照れる様子もないけど、爽やかな笑顔でさらさらっと聞こえた言葉に苦笑する。

「わっかりにく」

言った瞬間に、ばふっと黒埼さんのコートに包まれた。

感じる体温がとても暖かい。
そっと寄り添ったら、通りすがりのカップルと目があって、ぱっと目が逸らされた。

恥ずかしいですー。恥ずかしいけど……まぁ、いいや。

ぬくぬくしちゃえ。
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