気になるパラドクス
黙ったまま抱きしめられていると、唐突に黒埼さんが笑いだす。

「何よ……」

「珍しく、なすがままじゃないか」

「うるさいな。照れたわけ?」

「……さすがにな。普段、反抗ばかりされてると、それが当たり前になってるしなー」

……行動的なわりに、照れ屋?
と言うより、これはもしかして照れ隠しの発言なわけ?

「わっかりにくー」

クスクス笑いながら抱擁を離れると、
少しだけ残念そうな顔をする。

これは分かりやすい……。

そう思っていたら、後ろから聞こえてきた小さな声。

「うわ。女も超でけぇ。オカマかよ」

声からすると若い男の子の声。素直な感想か、そうじゃないかは経験からするとすぐわかる。これは間違いなく揶揄するような言葉だ。

……きっと、私の事だろう。

まぁ、いつも言われてる事だけど、あまり誰かと一緒にいるときには言われたくない単語だよねぇ。

考えていたら、黒埼さんがポンと頭に手を置いた。

「小さい男の戯れ言に、お前が惑わされる必要はないぞ」

黒埼さんの声はとてもよく通ると思うの。風向きから考えて、その言葉は後ろの彼にも伝わって……。

いるだろうな。背後の気配が、一気に剣呑さを孕んだ。

「ちょ……黒埼さん」

「先に喧嘩売ってきたのはあっちだろう?」

「見てないけど、小さな子供の戯言をいちいち真に受けてたら、きりがないじゃないの」

慌てて黒埼さんのコートを掴んだら、彼は小さく吹き出して頷いた。

「俺も“女”の前で、いちいち喧嘩買う方じゃないけど、自分の“女”が目の前でからかわれて黙ってるほどお人好しでもないし、正直、お前の方がひどいこと言ってる気もするけど」

「え……?」

「痛……っ!」

同時に悲鳴みたいな声がして振り返ると、スーツ姿の男の人が、彼女らしき人に耳をつねられている瞬間に遭遇した。

「あれ。どうみても小さな子供じゃないだろう。見もせずに“坊や”扱いって、美紅もやるなぁ」

「そ、そんなつもりは無かったんだけど! だって声が男の子っぽくて」

とてもスーツ姿の男の人だとは、思っても見なかったもので!
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