気になるパラドクス
「……黒埼さんて、いつも無言で抱き上げてくるよね」

「抱き上げますっつって抱き上げる男がいるのか? 楽しい奴だな」

それはそうだ「今からお姫様だっこしてあげるよ」なんて言われたら、普通の女子は遠慮する。もしくは逃げちゃう。少なくとも「嬉しいー! お願いします」ってなるのは花嫁くらいだと思う。

でもね。照れちゃうんだってば。
ぎゅうぎゅうと顔を黒埼さんの肩に埋めると、ふっと笑われた。

「こうして抱き上げたりすると、美紅が素直に甘えてくるから好きだな」

……や、やめて~! そんなことスラスラ言わないでー!

何も言い返せないうちに、部屋の前について下ろされる。

「ロイヤルスィートって、どんな風になってんのか楽しみだなー」

きらきらワクワクの黒埼さん。

カードキーをスライドさせて開いた鍵。ドアを開け放つと、ふたり揃って目を見開いた。

花柄が散りばめられた白い壁紙に、柱風のレリーフは金色。大きな窓には深紅の姫風カーテンが引かれている。

その隣には、どこか外国の運河らしい油絵が飾ってあって、まさか本物とは思わないけど、ペルシャ絨毯が敷かれた室内。

中央にはアンティーク調の猫足テーブルに、布張りの二脚の椅子。
たくさんのフルーツを盛られた銀杯と、ピンクの薔薇が活けてある陶器の花瓶も見えた。

脇にはふたり掛けのソファと、コーヒーテーブル。その上にはちょっと部屋にそぐわなくて違和感のあるリモコン。

ソファの真っ正面にある白木の扉は……開けてみてテレビだと確認してみる。

それから天井を見上げて……口をあんぐりと開けた。

ホテルの一室のはずなのに、シャンデリアが吊るされているというのは、あまりお目にかかったことがない。

「いやー……これってロイヤルスィートって言うか、ウェディングスィートじゃないか?」

「……ま、まぁ、ある意味、ロイヤリティ抜群じゃない?」

あっちは寝室だと思うけど……。
開いているドアを覗いてみて、キングサイズのベッドに立ち眩みがした。
しかも総レースらしいカーテンの天蓋付きですか。ご丁寧にも、赤い薔薇の花びらが散らされているよ。

「うん。ウェディングスィートかも」

「……過剰反応した幼友達で、なんだか申し訳ない。どうりで……」

どうりで?

振り向いた私の顔をしげしげと眺め、それから黒埼さんは微笑んだ。

「美紅が嬉しそうだから、いいか」

「うん。嬉しい」

嬉しいけど……も。
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