気になるパラドクス
「……手を出したのは謝るが、アレはないだろう、アレは」

お酒を飲みながら、やっぱり不満そうにしている彼を見つめる。

アレ……とは、会社で私が無視している事だろうか。

そうだね。黒埼さんはミーティング以外にもちょくちょく営業部に顔を出して、磯村くんと打ち合わせしている。

だから、必然的に営業部の人とも顔見知りになっていたけど……。

「挨拶くらいはして返してくれるけど、その他の話になったらスルーするってどうだよ」

挨拶くらいはするよ。だってそれは礼儀だもの。

だけど、当たり障りなく会話をはじめたら“忙しい”のひとことで離れるのも、社会人としてはギリギリありだと思うな。

「ハッキリとし過ぎてて、困る」

私もいきなりキスされて困ったよ。

困ったから、何もされないように無視しているんじゃないか。
それなのに困ると言われても困る。

溜め息をついて目を細めた。

「黒埼さんて、その顔してたらモテるでしょう」

「は?」

私がいきなり話始めたから、彼は目を丸くしてグラスをテーブルに置く。

「……女性を口説いて、あまり拒否されたことはないでしょう?」

なんて言うか、自信満々だもんね。

男の人だって、拒絶されるのは嫌なはずだよ。
相手に拒否されるかもしれない可能性がある場合、あんな強引な事をしてくるのは“そういった経験”があまりないか“何も考えていない鈍感”かのどっちかでしょ?

繊細さも必要そうなデザイナーという仕事柄からすると、あまり“何も考えていない鈍感”だとは思えないし、だとすると“そういった経験”が少ないとしか思えない。

「うーん。モテはしないなぁ。黙ってると女には怖がられるし、しゃべると引かれるし」

飄々と答える彼に、今度は私がポカンとしてグラスをテーブルに置いた。

それを見て黒埼さんは小さく笑う。

「この身長の男は、黙ってると威圧的なんだそうだ。だからって“可愛い”デザインの話を始めると、いっきに変態扱いされて引かれる」

……確かに、フロッグすてっぷのデザインは、どっちかって言ったら可愛いものが多いよね。

モノトーンでシックなものもあるけど、やっぱりふわふわで綿飴みたいに甘い感じのデザイン。

だから好きなんだけど。

「村居さんが驚いたのは最初だけだったし、どうも可愛いもの好きらしいし?」

ニコニコしながら言われて、瞬きを返した。
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