気になるパラドクス
考えていたら、磯村くんが黒埼さんを見て爽やかに笑顔を作る。

「……営業部の事務主任の村居さんです。紹介しようと思ったんですが、しない方が良かった気がしてきました」

「ああ。それは必要だろ。たぶんちょくちょく顔出すんだし。不審者扱いされて警備員呼ばれるのはもう勘弁」

視線をそらさず、私を見たままでその人は皮肉っぽく笑った。

こんなデカイ人、来たことがあったかな。あれば覚えていると思うんだけど。

「……うちの嫁は真面目なんですよ」

磯村くんがボソリと呟いて納得した。

どうも総務部で不審人物扱いされたみたいね。

でも、わからないでもないなぁ。
黒のパーカーにジーンズ姿で、うちの会社に乗り込んでくる人はいないと思うし……さ。

どーでもいいけど、とりあえずこの人、顔が近いと思うんだ。

「む、村居と申します」

「黒埼政隆と言います。村居さんの下の名前は?」

会社で名乗る必要がある?

恐る恐る磯村くんを見ると、肩を竦めるだけ。

とりあえず一歩下がると、一歩近づかれて、まじまじと黒埼さんを見る。

……また一歩下がると近づかれ、瞬きすると笑われた。

きっとこの人、どこかおかしいんだ。

パタパタ下がると、スタスタ近づかれて、とうとう壁際に追い詰められる。

顔の横に彼は手をつき、からかうように私を覗き込んだ。

「普通女の子って、こういう時は赤くなるもんじゃないのか?」

「と、時と場合によるのではないでしょうか?」

名前だけわかっても、初対面で見ず知らずの人ということは変わらない。

どっちかというと、恐怖を感じて青ざめます。

「黒埼さん。いい加減にしないと、僕たちが警備員けしかけますし。しかも村居さんの印象は最悪ですよ」

やっと出てきた磯村くんの助け船。

「せめて口説くなら終業後にしてください」

磯村くん……あなたひとことたぶん余計。
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