気になるパラドクス
呼び止められたお嬢さん

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そして数週間後には、黒埼さんはあまり会社に現れなくなり、たまに雪がちらつくような季節になった。

ぼんやり窓の外を見ながら、コピーの枚数を確認して……枚数を忘れる。

もー。なにやってるんだ、私も。

「寒かったー」

マフラーを外しながら、磯村くんが大きな声で営業部に戻ってきた。

彼の髪が少し濡れている。

「あれ。雨降ってきたの?」

「雪ですよ、雪。ホワイトクリスマスになりそうですよね」

ホワイトクリスマスかぁ。あまり関係ないかなぁ。

「クリスマスはレストランで奥さんとディナー?」

今度はきっちり数え終わって、書類をファイリングする。

顔を上げると、磯村くんは懐疑的な顔をしていた。

「いえ。人混みは苦手なんで、たぶん嫁とふたりで家でゆっくりです」

そう言って、コートを脱ぎながら磯村くんは離れていく。

家でゆっくりクリスマスか。それもそれでいいんじゃないかな。
まぁ。私も予定はないから、今年は部のあぶれたメンバーと飲み会だろうし。
そんなことを考えながら仕事をこなして、終業後、着替えて社員入口を出ると、目の前に人影が見えて立ち止まる。

驚いて顔を上げると、営業三課の原くんが立っていた。

「久しぶり。美紅」

サラサラの髪、少しお洒落なブランド眼鏡、目元のほくろがチャームポイントで、今日も無駄に愛想がいい。

うちは七階だし、彼は六階に在籍しているわけだけど、同じ会社で『久しぶり』もないと思う。

彼を微かに見下ろしながら、首を傾げた。

「……何かご用ですか?」

「最近、ひとりだって聞いたから。あのデザイナーとはうまくいっていないのか? あまり見ないけれど」

……うまくいくも何もね。

プロジェクトもすでに始動されていて、うちでのフロッグすてっぷの販売数値も伸びている。

クリスマスに向けて始動すれば良かったのに、と言ったら、磯村くんに『それじゃ遅いんですよ』とか真面目な顔で訂正されたし。

そんな初期段階で、そうそう黒埼さんが来ていたら、何か問題でもあったのかと勘ぐるよ。

……うまくいっているか、の定義は曖昧だけど、別に喧嘩をしているわけじゃないから『うまくいっている』と言われれば、うまくいっている。

そして会社に来ない時でも、三日に一回は連絡をくれるというマメさも見せてくれていたりする。
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