気になるパラドクス
沈黙が彼の困惑を伝えてくる。

わかるよ。困るよね? いきなりホモ扱いされても困っちゃうよね?

私なら絶対に困るし……。

しばらく無言が続いて、コトンと何かを置く音がした。

「んー……と。ちょっと聞くが」

あまり聞かれたくないような気がするんだけど、白黒つけたがる黒埼さんの事だから……聞いてくるよね?

「それって、お前の近くの人間が言ったこと?」

違う……けど。

「たぶん下の階の、営業部の女の子たち……だと思う」

呟いたら、溜め息が聞こえる。

「お前が、これからその階に移動になることってある?」

「……人事の事だからわからないけど、私は一課の営業事務主任だから無いとは思う」

「なら顔を上げろ」

そう言われて、のろのろと顔を上げると、目の前に黒埼さんがしゃがみこんでいた。

とても真摯な視線に、途端に絡めとられる。

「お前を知らないような人間に、何を言われようが気にするな。毅然としていろ」

「でも……」

「でも、は無しだ。だいたい、お前はそいつらの為に生きてるわけじゃないし、生きていくわけでもないんだから。勝手にほざかせておけ」

でも……さ。

「なんか、悔しいんだもん」

「何がだよ」

「黒埼さんのこと、何も知らないくせに、勝手に好き放題な事を言われるのは……何か嫌なの」

私だって、まだそんなに黒埼さんの事を知っているわけじゃないんだけど、全く知らない誰かに、あなたの事を言われるのは腹が立つ。

だから、言い返せないのがイラつくの。

ムッとして唇を尖らせると、何故か彼は溜め息をつくように笑った。

「可笑しくないよ」

「いやぁ。嬉しいことだろ?」

……嬉しいこと、なの?
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