気になるパラドクス
そうは思っても月の半ばは飛び込みの書類整理も多いから、単純なケアレスミスを増えてしまったりもする。

気を付けていても、そればかりはしょうがないことで……。

「村居主任、お先に~」

「はい。お疲れ様です」

まばらに人が残る営業部で、最終確認で書類の枚数を確認していたら、コトリとデスクにミルクティーの缶が置かれた。

「お疲れ様。残業?」

顔を上げると時任さんがいた。
彼は眼鏡をついっと指先で持ち上げて私を見下ろす。

「ありがとうございます。もう終わりますけど」

「じゃ、飲みに行かない?」

誘われて、笑顔を見せたままで手を止めた。
……今、ちまたでは、私と噂になっていることを、時任さんは知っているんだろうか?

「行きません。彼氏に迎えに来てもらう予定です」

時任さんは、今度はひょいっと眉を上げて、それから首を傾げる。

「迎えに来てもらう約束してるんじゃなくて?」

「仕事中には私用の連絡はしないんです」

「……相変わらず、徹底的に真面目だよね、村居さんは」

実は仕事に集中したはいいけど、ロッカールームに行ってメールするのを忘れていたとも言う。

「まだ、そこまで深く付き合っているわけじゃないのかな? じゃあ、今度でもいいから、食事にいかないか?」

微かに微笑む時任さんを見て、真面目な表情を返した。

自意識過剰と言われようが、なんと言われようが、変な噂が飛び交うなかで、こんな前置きされたら薄々気づくというものだ。

「申し訳ありません」

「あー……だめかい?」

「ですから、申し訳ありません」

“何について”お詫びしているのか、時任さんなら気づくよね?

「村居さんは本当に真面目だ。まぁ、そこが良かったんだけど」

過去形での言葉に少し安心した。
もう、過去のものにしてくれているのかな?

「……すみません」

「ああ。謝らなくていいよ。困らせるつもりはないんだから」

そう言って離れていく時任さんを見送っていると、唐突に営業部のドアが開く。
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