気になるパラドクス
磯村くんが入ってきて、続いて黒埼さんが顔を出した。

あれ?
ミーティングに入ったのは、かなり前だったと思うんだけど、まだやっていたの?

「いたいた、村居さん」

磯村くんが満面の笑みを見せてきた時は、いつも何か頼む時だったりするから少し身構える。

「仕事終わりそうですか?」

「終わるけど? 何か問題ありましたか?」

警戒しながら答えると、黒埼さんも近づいてきた。

「また、皆で飲みに行こうかって話になった」

黒埼さんがほつれた髪を指先で直してくれる。だから、そのまま黒埼さんを見上げて眉を寄せた。

「今日?」

「今日。磯村さんの嫁さんも来るよ?」

「今日じゃなきゃだめ?」

黒埼さんの眉が片方だけ上がって、私の顔をじっと眺めてくる。

彼の視線がチラッとデスクに向い、少しだけ顔をしかめてから、まわりをパッと見回した。

「何かあったか?」

「ううん。何もないんだけど」

椅子を回転させて、黒埼さんに向き直ると、その指先を掴む。

「今日、迎えに来てもらおうかと思っていたから、ちょうどいいって言われれば、ちょうどいいんだけど……」

まわりを見ていた黒埼さんの表情が一瞬だけ空白になりかけて、慌てて私を見下ろす。

「……やっぱり何かあったか?」

「あのね。彼女がデート誘おうかなーと思ってるのに、どうして裏があると勘繰るの」

目を細めて睨むと、彼は空いている手で口元を押さえた。

「それは考えてもいなかった」

「みたいねー?」

そう言ってから苦笑すると、黒埼さんの後ろで淡々と書類を片付けていた磯村くんを見る。

「いいかしら?」

「いいですよ。ちょうど旨そうな店があるって聞いたんで、じゃ、行こうかって話になっただけですし」

あ。そうなんだね。
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