気になるパラドクス
「じゃ、黒埼さん。もうちょっとだけ待っててくれる?」

「いいけど──……」

言いながら、黒埼さんはまたパッと部署内を見回した。

「さっきからどうしたの?」

「いや。ちょっとな……」

上の空で呟く彼に首を傾げたけど、とりあえず書類確認をして、それをファイリングして袖机にしまうと立ち上がる。

「黒埼さん、今日も社員入口から入って……」

言いかけて、黒埼さんの見ている方向に、時任さんの姿を見つけてギョッとした。

時任さんはスーツのズボンに片手を突っ込みながら、無表情に黒埼さん見ているし、黒埼さんは間違いなく時任さん見て威嚇してるし。

「く、黒埼さん、黒埼さん」

ぐいぐいジャケットを引っ張ると、少し不機嫌に見下ろされた。

「さっきから挑発されてんだけど」

そんな気配を感じとる、あなたはどんな人間なんだ!

「こんなところで騒ぎ起こされたら、困るの私なんだからね?」

「……わかるんだけど、知らない人に挑発されるって……」

黒埼さんは考えるような顔をして、それからデスクの上のミルクティーの缶に指先を置き、無言で私を見た。

これは“これをくれた奴か?”と言う問いかけ?

「よくわかったわねー?」

呆れて答えると、黒埼さんは息をついた。

「お前って缶で買わないイメージある」

「私も買うよ。たまに缶コーヒーとか。でも飲みきれないからペットボトル多いけど」

「つーことは、あれが“時任さん”だな」

あんぐりと口を開けると、黒埼さんは得意そうに頷いた。

「本当に些細だなー?」

「か、帰るよ!」

「わかった。とりあえず今日も社員入口からだから、そこで待ってる」

あっさりと引き下がった黒埼さんが営業部を出ていくと、一部始終を見守っていたらしい磯村くんが意地悪そうに笑っていた。

「ライバル出現ですか?」

「磯村くん、地が出てるよ。とにかく私は上がるね」

「お疲れ様でした」

パソコンの電源を落として、ロッカールームで着替えると急いで社員入口に向かった。
< 89 / 133 >

この作品をシェア

pagetop