ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
敬太が閉まっている個室のドアをノックした。
当然返事がない……と思ったら、中からブクブク、ボコボコボコと、まるで液体が沸騰しているような音がした。
「え……? 何の音?」
私が呟くと、後ろの女子達は「やだ、マジで?」と怯えた声を出す。
男子達は「敬太、早く開けろって!」と興奮気味に騒いでいた。
敬太がブレザーのポケットから、ボールペンを取り出す。
私がこのドアを閉めた時と同じように、小さな丸い穴にペン先を突っ込んでスライドさせる。
カチャリと鍵が開けられた音がして、ドアがゆっくりと内側に開いた。
「マジかよ……」
敬太はそう呟いてから、一歩後ろに下がった。
私は敬太の腕にしがみついていても喜びを感じることができずにいた。
「嘘……」
個室の中は予想通り無人だったけど、私が最後に見た物とは明らかに違っていた。
巨大なナメクジが這った跡みたいにヌメヌメと黒光りする筋が、便座から床、そして壁へと続いていた。
その筋は壁を登りきった所で途切れている。
絵留も他の女子達も、悲鳴を上げてトイレから逃げ出した。
トイレに残ったのは、敬太と私と数人の男子だけ。