ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
呆然としている私を、敬太が心配してくれた。
「霞、大丈夫だからそんな顔すんなよ。
跡は残っているけど、もうナニカはどこか行っていなくなったみたいだぞ。
取り敢えず、ここのトイレは使わない方がいいって先生に報告しとくか。
大人が信じるか信じないかは、わかんねぇけど」
その時、朝のホームルーム開始の本鈴が鳴った。
女子トイレに詰めかけたクラスメイト達が、慌てて廊下に出て、教室に向けて駆けていく。
「霞、戻るぞ」
「う、うん」
敬太に手を引かれて私もトイレから出たけれど、走りながらも気になって、何度も後ろを振り返ってしまった。
あれはきっと、誰かのイタズラだよね。
私の嘘話を聞いていた誰かが、先回りしてあんな細工をしたんじゃないかな。
そう思いたかった。
トイレがあんな風になっていた真っ当な理由を作りたかった。
でも、それを否定する考えも同時に湧いてきてしまう。
私が嘘の話をしてから、みんなでトイレに行くまでの時間は、ほんの2、3分。
そんな短時間で、道具を準備して細工をするなんて、不可能じゃない?
じゃあ、アレは何なの?
まるで私が口に出したことが原因で、本当にナニカがこの世に生まれてしまったみたいな……。
背筋に悪寒が走り、肌があわ立った。
「敬太……」
「ん?」
「私、怖いよ……」
今度は演技じゃなく、本心からそう言った。
『まさか』『有り得ない』と思う一方で、
『もしかしたら、私が得体の知れないナニカを生んでしまったのかも』という恐怖を感じていた。