ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
昨日、トイレの個室のドアを開ける前に敬太がノックして、中から確かにそんな音がした。
みんなが聞いているってことは、私の空耳ではないみたい。
でも、あれは、ナニカが出す音じゃないよ。
何の音なのかはサッパリ分からないけど、ナニカなんて存在しないから。
私の思いとは逆に、書き出したことでナニカが徐々に形になってきた。
「霞、こっちに来て」
と敬太に呼ばれ、黒板の前に行った。
チョークを渡されて、絵を描くように言われた。
ナニカの絵を……。
「私、絵が下手くそなんだけど」
「いいって。何となく感じが掴めるだけでいいから描いてくれよ。頼む!」
「う、うん……」
好きな人からのお願いは、断れない。
どうしようという思いを抱えたまま、戸惑いつつチョークを黒板に滑らせた。
まず最初に描いたのは、ただの長方形。
これは、トイレの個室の仕切りの壁のつもり。
昨日、みんなの前でついた嘘の話を思い出しながら、長方形の枠の上にナニカが乗っかっている絵を描いた。