ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
ナニカがすぐそこにいた。
私との距離は2メートルほどで、視線が合ってしまうと、桜井先生から奪った唇が私の名前を呼んだ。
「カ、ス、ミ……」
「な、なんで……」
「カ、ス、ミ……ツカマエタ」
「キャアアアアッ‼︎」
ナニカの体から2本の触手が伸びてきて、私の右腕と左足に巻きついた。
地面に転ばされ、泥水を浴びてしまう。
泥だらけの体はズルズルと、ナニカの方へ引き寄せられていく。
必死に逃げようと土に左手の爪を立てるけれど、雨でふやけた土は泥となり、指の間から流れてしまうだけだった。
ナニカに捕らえられて、やっと気づいた。
今回のターゲットは敬太ではなく、私だったということに。
どうして?
ナニカを呼び出したのは私なのに……あ……。
そうだ、今回、私はナニカを呼んでいなかったんだ。
敬太に『俺を消して欲しいとナニカに願え』と言われたけれど、そうしなかった。
目を閉じて指を組み合わせ、願ったフリをしただけだった。