ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
敬太は私の顔の前に、1メートルの距離を置いて立っている。
まだ自由に動かせる左手を伸ばせば、敬太の爪先に届きそうな距離。
さっきまでは、もがきながら必死に助けを求めて手を伸ばしていたけれど、今は手を伸ばす気になれない。
敬太が怖い。
こんな人、私の知っている敬太じゃない。
偽物ではないのかと、あり得ないことまで考えてしまう。
そんな私の侮蔑の視線に気づいたのか、敬太は苦笑いをして言葉を付け足した。
「俺だって、絵留が本当に死ぬとは思っていなかったんだよ。あの時は、ナニカを操れると思わなかったし。
まじで絵留が死んじまった後も、俺のせいだとは全く気付いていなかった」
「いつ、気づいたの……?」
「屋上で霞と話した時。
お前は自分のせいだと言ったけど、もしかして俺なんじゃないかと思った。
それを確かめるために、今日、霞を学校に呼んだんだよ」
敬太と話している内に、私の体は頭と首と左腕を残して、すっぽりとナニカの体内に飲み込まれていた。