ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
目線だけ動かして上を見ると、桜井先生の目がうつろに私を見つめていた。
赤い唇は、「カ、ス、ミ……カ、ス、ミ……」と壊れたロボットみたいに、繰り返し私の名前を呟いている。
迫り来る死の恐怖に、ずっと震えが止まらない。
それと同時に、壊れている敬太が悲しくて、涙が溢れた。
敬太の本性がこんな人だとは、やっぱり思えない。
屋上で『全ては俺のせいかもしれない』と気づいた時に、大切な真斗を殺した罪の意識で、おかしくなってしまったに違いない。
どうにかして、元の敬太に戻ってくれないかな……。
私はここで死ぬ運命なのだとしても、せめて敬太だけは正気に戻ってほしい。
そんな思いで、涙声で敬太に訴えた。
「天国の真斗はきっと、泣いてるよ……。
こんな敬太は嫌だって、悲しんでるよ……」
真斗の名前を出した途端に、ニヤニヤしていた敬太の顔がこわばった。
私を強く睨みつけ、低い声で反論した。
「お前に真斗のなにが分かるって言うんだよ……」
「分かるよ、友達だもん」
「黙れっ! 真斗の一番の友達は俺だ! 親友なんだよ!」
「敬太……」
「真斗は俺の理解者だ。いつも俺のやることを仕方ないなって笑って、側にいてくれた……。
真斗なら許してくれるはず……いや、喜んでくれるだろ。
俺はすげぇ力を手に入れたんだ!
人を生かすも殺すも俺次第。神になれたようなもんだよ!
真斗もきっと、ワクワクして俺を見ているはずなんだ!」