空蝉
コンビニに行こうと思って家を出たはずだったのに、気付けば充は、翔のマンションの前にいたから驚いた。
何で俺、こんなとこに来てんだろう。
夢遊病か記憶障害にでもなったんじゃないのかとすら思った。
ぼうっと翔のマンションを見上げていた時、
「……兄貴?」
声に、弾かれたように顔を向けた。
駆け寄ってくる翔。
隣には、また新しい女を従えている。
「何やってんだよ、こんなとこで」
「別に」
充は小さく舌打ちした。
が、翔は怪訝に充の顔を覗き込むと、
「何かあったんじゃないのか?」
「どうしてそう思う?」
「わかんねぇけど、そんな顔してるから」
相変わらず、鋭いやつで嫌になる。
翔は少し考えるような素振りの後、女に「先に部屋に行ってて」と、キーケースを渡した。
女はキーケースと充を交互に見て、翔に、
「私、邪魔なら帰ろうか?」
「いいから、気にすんなって。大体、ひとりで帰らせて何かあったらどうすんだよ。な? 部屋で暖房つけて待ってろ」
女は迷った顔の後、充に小さく会釈だけして、キーケースを受け取り、マンションの中へと入っていった。
笑いながらその背を見送る翔。
相変わらず、女に甘いというか、優しいというか。
エミに対してもそうだった。
ふと思い出した過去に、充は唇を噛み締めた。