空蝉
ふぅ、と煙を吐き出す翔。



「真理が死ぬ前の晩、些細なことで喧嘩したんだ。したら、あいつ、『お兄ちゃんなんか大嫌い』、『充くんの方がずっといい』って」

「………」

「おまけに好きだった女まで寝取られてさ。まぁ、エミがあんたを選んだ気持ちもわかるけど。結局、俺はいつもあんたに負けてんの」


自嘲気味に言う翔。

翔が自分の想いを吐露したのは初めてだった。


でも、だからって、充の怒りが引くはずもない。



「確かに俺は金持ちの家に生まれたし、お前に比べたら何でも与えられて育ったかもしれない。でも、俺が本当に欲しかったのは、親の愛だ。普通に両親と食卓を囲めたらそれでよかったのに、お前が――お前ら愛人家族がいた所為で」


拳を作る充。

けれど、翔は、不思議そうに首をかしげ、



「言ってる意味がわからない」


充の怒りは一気に頂点に達した。



「ふざけんじゃねぇよ! 親父はずっとお前の家で過ごしてただろ! うちに帰ってくるのなんていつも午前さまだった! おかげで母さんはずっと泣いてたんだ!」


充は翔の胸ぐらを掴んだ。

しかし、翔は「え?」と、目を丸くして、



「俺、真理やおふくろが死ぬまで、親父とは数えるくらいしか会ったことなかったよ。うちに来たことだってなかったし」

「……何だと?」

「俺はてっきり、親父は、愛人に子供を生ませたっきり放っておいて、自分の家族と仲睦まじくやってるとばかり思ってたけど」

「………」

「つか、うちのおふくろもずっと泣いてたよ、親父に会えなくて。人前だと優しかったけど、夜になると愚痴るように『翔があの人にそっくりだから余計に辛い』って」


充は翔の胸ぐらから手を離した。

と、いうか、力が抜けてしまったのだ。


互いに何も知らないまま、互いを羨ましくも憎く思っていたという事実。
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