空蝉
「じゃあ、親父はあの頃、どこで何やってたんだろうな」


きょとんと言う翔に、充は力なく顔を覆った。



あの頃も、今も。

父のことは何もわからない。


しかし、そんなことはもうどうだっていい。



「馬鹿だな、俺ら。くっだらねぇ」


同じ気持ちと境遇を人知れず抱えた、半分だけの兄弟。


こんなに簡単だったなら、もっと早く、軽く言い合えていたはずだ。

翔も困ったように肩をすくめ、「だな」とだけ返した。



充は改めて煙草を咥える。



「なぁ、お前、さっきの女、誰? 見たことねぇ顔だけど」

「カノジョ」


一瞬、理解が遅れた。

「は?」と充が間抜けな声を上げたら、



「この前、やっと付き合えるようになったんだ」


翔は照れた顔で言った。



「気付いたら好きになってた。でも、あいつ、前の男と色々あった所為でトラウマみたいなのがあって。だから、あいつが大丈夫になるまで、俺ずっと待ってたんだ」

「………」

「大事にしてやりてぇの。今度は泣かせたくねぇし、今度だけは兄貴に渡したくねぇんだよ。つか、本心を言えば、あんま兄貴には会わせたくねぇし」


だから、あの女が暖房の効いた部屋で、俺がこんな寒空の下なのか。


翔が女に対して大事にしたいだのと言ったのは、エミ以来だ。

それがどれだけの想いなのかということは、想像に易い。



「別に俺は、お前の女を見境なく奪いてぇわけじゃねぇよ。いらねぇよ、あんなガキ」
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