空蝉
むしろ迷惑だという気持ちで充は言った。

翔は「そういう言い方すんなよ」と、充をたしなめる。



「俺だって頭ではわかってんだよ。兄貴、ほんとエミのこと好きだもんな。じゃなきゃ、3年も付き合えねぇし。ただちょっと、俺が昔のこと気にしてるだけっつーか」

「………」

「別に俺だってエミにはもう何の感情もないし、むしろ睨まれて怖ぇから会いたくねぇし。だから、まぁ、俺は俺で大丈夫なんだし、兄貴は兄貴でエミのこと大事してやれよ」


『エミにはもう何の感情もない』だと?

『エミのこと大事にしてやれよ』だと?


充の怒りはまた、別の場所で再燃した。


俺らはもう別れたんだよ。

つか、お前だけ完結してても、エミの気持ちはどうかわかんねぇだろ。



そこでふとした疑念が頭をよぎった。



「お前、それ、エミに言ったのか?」

「うん?」

「カノジョができたとか何とか、エミに言ったのかって聞いてんだよ」


まくし立てる充に思わず腰を引きながらも、翔は、



「言ったっつーか、アユと街を歩いてたらエミに会ってさ。あ、アユってカノジョの名前なんだけど。それでいつもの如く睨まれたから、『今度はマジだ』って」

「言ったんだな?」

「何? 何かダメだった?」


あの晩、理由も言わずに泣いていたエミ。



もしもエミがまだ翔を好きだったとして。

それなのに、何も知らない翔が、カノジョを作ったことを知った。


今まで、女との関係は遊びの範疇に留めていた翔がカノジョを作ったということは、誰の目からも特別なことであることはわかるだろう。


エミの悲しみはどれほどのものだったのだろうかと、想像することすら気分が悪くなる。

でも、だからこそエミは、翔への想いが再び大きくなって、俺と別れたのではないか。




充は乾いた笑いを浮かべた。
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