空蝉
「エミ、いなくなったんだよ」

「は?」

「一ヶ月くらい前、あいつうちに来て急に泣き出して。それからずっと連絡取れなくなって。10日後、突然電話で『別れたい』って一方的に言われて。で、今はどこで何やってるかもわかんねぇ」

「はぁ?」


翔は顔を歪める。



「わけわかんねぇよ。何で? 兄貴、何かしたのか?」

「俺じゃなくてお前が原因なんじゃねぇの?」


充は吐き捨てるように言った。

翔はきょとんとして、また「は?」と言う。



「何で俺?」

「エミが、お前にカノジョができたことにショックを受けたとしたら?」

「いや、それこそわけわかんねぇんだけど。何でショック受けんの? 元カノだから?」

「じゃなくて。エミは今もお前のこと好きなんじゃねぇのか、って言ってんだよ」


みなまで言わされ、声が震えてしまいそうだった。

しかし、翔はぽかんとした後、



「そんな馬鹿な話、あるわけねぇじゃん」


充の想像を笑い飛ばした。



「俺のことが好きなのに兄貴と付き合うなんて器用なこと、エミにできるわけねぇよ。あいつマジで兄貴のこと好きだぞ?」

「………」

「昔さ、兄貴と喧嘩してたエミに『戻ってこいよ』って言ったの、俺。したら、あいつ、『絶対に嫌』、『私は充が好きなの』、『もうあんたと繰り返すなんて御免だわ』って、はっきり言われたし」


何でもないことのように言う翔。

充は目を見開くことしかできないままで。



「兄貴がエミの気持ちを信じてやらなくてどうすんの。俺の所為だとか勘繰る前に、やることあるだろ」


強く言った翔は、煙草を捨てて立ち上がり、携帯を取り出した。
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