空蝉
「カイジ? 悪ぃけど、今すぐエミのこと探して。は? 忙しいとか関係ねぇし。緊急事態なんだよ。こういう時のために顔広いんだろ、お前。いや、だからエミがいなくなったって兄貴が言ってんだよ。うるせぇ。さっさと動け」


一方的に言って電話を切った翔は、



「兄貴、何やってんだよ!」

「え?」

「あんたの女だろうが! ぼけっと座ってんじゃねぇ! 取り返しのつかないことになってもいいのか!」

「取り返しがつかないも何も……」

「何の理由もなしに、あいつが兄貴と別れて、この街からもいなくなるわけねぇだろ! ちゃんと探し出して話を聞いてやれるのはあんたしかいねぇだろ!」


一喝され、充は言葉が出なかった。



どうして俺は、こんな翔に醜い嫉妬心を抱き続けていたのだろう。

俺は、翔やエミの気持ちを疑いながらも、何も言わずに居続けることが正しいと思っていただけだった。


それなのに、翔は、現状を変えることを恐れない。



「俺は、あんたならエミを幸せにしてやれると思ったからこそ、あの時、悔しさを押し殺して身を引いたんだ! なのに、あんたがそんな程度の気持ちでいるなら、あの時の俺の気持ちはどうなるんだ! あんたを選んだエミの気持ちはどうなるんだよ!」


その時、翔の携帯が鳴った。



「見つかった? わかった! 兄貴に伝える!」


電話を切るや否や、翔は充に車の鍵を握らせた。

それでもぽかんと立ち尽くしたままだった充に、翔は、



「駅に入っていくエミを見たやつがいるって! 大荷物で切符を買ってたっつーから、急げ! 俺の車、使っていいから!」


頭は真っ白だったが、時間がないということだけはわかった。

充は考えるより早く、足を踏み出していた。


会って、どうなるかはわからないが、それでもどうなったとしても、このままエミがいなくなるよりはいいから。

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