空蝉


エミを連れて自宅に戻った。

ずっと何も言わなかったエミを、充はひとまずソファに座らせた。



「どこに行くつもりだった?」


改めて、先ほどと同じ言葉で問う。

エミはしばらくの後、観念したのか、蚊の鳴くような声で「おばあちゃんの家」と言った。



「……ばあちゃんち?」


確か、エミの祖母は、山間(やまあい)の田舎で暮らしているはずだ。

エミの様子から見ても、ただ会いに行くというわけではなさそうだが。



「しばらく、おばあちゃんのところでお世話になろうかと思って。仕事も辞めて、マンションも引き払った」

「何でいきなり?」

「思い出ばかりのこの街にいるのが辛いの。それに、みんなや、充に会いたくなかったし」

「そんなに俺が嫌か?」


エミはその問いに、再び口をつぐんでしまった。

困り果てた充は宙を仰ぐ。



「言いたいことがあるなら言えよ。言ってくれなきゃわかんねぇだろ」

「じゃあ、充は、一度でも私に、自分の気持ちを言ってくれたことがある?」


問い返され、充は言葉が出なくなった。



「私と付き合い始めたのだって、ただの同情でしょ! それとも、翔への当て付け? どっちにしたって、その程度でしかないくせに!」


エミの目の淵に溜まった涙は、今にもこぼれ落ちてしまいそうで。

それでも気丈にこちらを睨むエミ。



「『その程度』だと思ってるやつのためにこんなことしねぇよ」


充はため息混じりに言った。



「確かに最初はそういう気持ちもあったけど、今は違ぇよ。愛してるから、追いかけたんだ」
< 110 / 227 >

この作品をシェア

pagetop