空蝉
エミを連れて自宅に戻った。
ずっと何も言わなかったエミを、充はひとまずソファに座らせた。
「どこに行くつもりだった?」
改めて、先ほどと同じ言葉で問う。
エミはしばらくの後、観念したのか、蚊の鳴くような声で「おばあちゃんの家」と言った。
「……ばあちゃんち?」
確か、エミの祖母は、山間(やまあい)の田舎で暮らしているはずだ。
エミの様子から見ても、ただ会いに行くというわけではなさそうだが。
「しばらく、おばあちゃんのところでお世話になろうかと思って。仕事も辞めて、マンションも引き払った」
「何でいきなり?」
「思い出ばかりのこの街にいるのが辛いの。それに、みんなや、充に会いたくなかったし」
「そんなに俺が嫌か?」
エミはその問いに、再び口をつぐんでしまった。
困り果てた充は宙を仰ぐ。
「言いたいことがあるなら言えよ。言ってくれなきゃわかんねぇだろ」
「じゃあ、充は、一度でも私に、自分の気持ちを言ってくれたことがある?」
問い返され、充は言葉が出なくなった。
「私と付き合い始めたのだって、ただの同情でしょ! それとも、翔への当て付け? どっちにしたって、その程度でしかないくせに!」
エミの目の淵に溜まった涙は、今にもこぼれ落ちてしまいそうで。
それでも気丈にこちらを睨むエミ。
「『その程度』だと思ってるやつのためにこんなことしねぇよ」
充はため息混じりに言った。
「確かに最初はそういう気持ちもあったけど、今は違ぇよ。愛してるから、追いかけたんだ」