空蝉
「私、お店辞めたって言ったでしょ? ほんとは、逃げたの。ナンバーワンじゃなくなったから」

「え?」

「店長が新しくなって、若くて可愛い子ばかり引き抜いてきて、優遇して。その所為ってわけでもないけど、指名替えされて、みるみるうちに転落しちゃって」


エミは自嘲気味に言った。

だからあの日、泣いていたのだろうか。


プライドが高く、自分の仕事に誇りを持ち、ナンバーワンであり続けることが自信だったエミの気持ちを想う。



「別に店なんていくらでもあるだろ。それに、キャバに固執する必要もない」

「………」

「大体、そのことと俺らのことは関係ねぇだろ」


しかし、エミは首を横に振った。



「ずっと言われてたの。充のお母さんに」

「は?」

「『あなたみたいな子とうちの息子は釣り合わない』、『水商売なんて気持ちが悪い』、『息子にいい縁談があるの』、『しかるべき方と結婚させる』、『だからさっさと別れてちょうだい』って」


寝耳に水とはこのことだ。


母がエミにそんなことを言っていたなんて。

エミは人知れず、そんなことを抱えていたなんて。



「あのババア!」


充は憤然と唇を噛み締める。



「勝手なこと言いやがって! 俺はそんな話、聞いてねぇよ!」


今すぐにでも、母に抗議しに行こうとした。

が、エミはそんな充を制し、



「ちょうどいい機会だと思ったの。仕事を辞めたついでに、充とのことも清算して、全部なくしておばあちゃんのところにでも行こう、って。それがお互いのためでしょ?」

「……何、言って……」

「私たちは、違いすぎるの。生まれた家が、違いすぎる。付き合うだけならいいのかもしれないけど、こんな私たちが将来のことを考えるなんて、夢のまた夢じゃない」
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