空蝉
「あなた、昔はそんなことを言う子じゃなかったわよね? やっぱり翔が悪いのね? 翔や、翔の母親があなたを洗脳したのね?」


見当違いなことを言って、母はうろたえる。



「騙されてはダメよ、充さん。あなたが何を言われたかは知らないけど、あんな人たちの言うことを信じないで」

「………」

「きっとお金目当てなのよ。そうよ、そうに違いない」


そう思って憎み続けてきた母の気持ちはわかる。

けれど、充ももう我慢の限界だった。



「あんたは俺のためとか言いながら、結局は全部、自分のためだろ! 親父が思い通りにならねぇからって、俺はあんたの自由にしていい道具じゃねぇ! 俺にだって意思はあるんだよ!」

「充さん……」

「俺は親父の会社を継ぐ気はねぇし、エミと別れる気もねぇ! 翔だって、誰がなんと言おうと俺の弟だ!」

「いい加減にしなさい!」


母の怒鳴り声を聞いたのは、初めてだった。

母は鬼のような形相で立ち上がる。



「言っていいことと悪いことがあるわよ。口を慎みなさい」


しかし、バンッ、とテーブルを叩いたのは、充の方。



「初めから、繕うことでのみ繋いできた家族がぶっ壊れようと、もう関係ねぇ! 出てってやるよ、こんな家!」

「なっ」


もう知らない。

未練などない。



「俺はあんたの恨みに縛られて生きるより、エミと一緒に普通の幸せを探しながら生きる方がいいからな」


言い捨て、充は再びエミの手を引いて、リビングを出た。

背中からは、母の泣き崩れるような声が聞こえてきたが、充が足を止めることはなかった。

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