空蝉
「家を出るのは止めない。が、少し会って話せないか?」
「……え?」
「どうせ近くのホテルかどこかにでもいるんだろう? そこまで行くから、少し話をしよう、充」
一貫して穏やかな話し方の父。
充は悪さをしたことを咎められた子供のように、「わかった」と言うことしかできなかった。
ホテルの名前を告げて電話を切る。
父はあんな話し方をする人だっただろうか。
思い出そうとしてもちっとも思い出せず、充は重苦しい息を吐いて部屋を出た。
ホテルの地下駐車場に、父の高級外車が止まっていた。
車内から手招かれ、充は舌打ち混じりに助手席に乗り込んだ。
甘いコロンの匂いが鼻につく。
父の匂いだけは、ずっと昔から変わらない。
「夜は冷え込むなぁ。お前、そんな薄着で風邪を引いたらどうするんだ」
よく見ると、父の頭にはうっすらと白髪が混じっていた。
だからって、年寄りのようには見えない。
品のいい初老の男性といったところだろう。
しかし、だからどうしたということもない。
「うるせぇんだよ! 今更、父親ぶったこと言ってんじゃねぇよ!」
「そうだな。そうかもしれない」
目を伏せた父の、目尻のシワが深くなる。
「私は、社会的に見れば『立派な人』なのかもしれないが、決して『立派な父親』ではなかった。お前に対しても、翔や真理に対しても」
「『立派な夫』でもなかっただろ」
言った充に、父は「手厳しいな」と苦笑い。
「……え?」
「どうせ近くのホテルかどこかにでもいるんだろう? そこまで行くから、少し話をしよう、充」
一貫して穏やかな話し方の父。
充は悪さをしたことを咎められた子供のように、「わかった」と言うことしかできなかった。
ホテルの名前を告げて電話を切る。
父はあんな話し方をする人だっただろうか。
思い出そうとしてもちっとも思い出せず、充は重苦しい息を吐いて部屋を出た。
ホテルの地下駐車場に、父の高級外車が止まっていた。
車内から手招かれ、充は舌打ち混じりに助手席に乗り込んだ。
甘いコロンの匂いが鼻につく。
父の匂いだけは、ずっと昔から変わらない。
「夜は冷え込むなぁ。お前、そんな薄着で風邪を引いたらどうするんだ」
よく見ると、父の頭にはうっすらと白髪が混じっていた。
だからって、年寄りのようには見えない。
品のいい初老の男性といったところだろう。
しかし、だからどうしたということもない。
「うるせぇんだよ! 今更、父親ぶったこと言ってんじゃねぇよ!」
「そうだな。そうかもしれない」
目を伏せた父の、目尻のシワが深くなる。
「私は、社会的に見れば『立派な人』なのかもしれないが、決して『立派な父親』ではなかった。お前に対しても、翔や真理に対しても」
「『立派な夫』でもなかっただろ」
言った充に、父は「手厳しいな」と苦笑い。