空蝉
しかし、充はそんな父の、のらり、くらりとしたような態度に、無性に腹が立った。



「全部、あんたが悪ぃんだよ! あんたが不倫なんかしやがるから、俺らが苦しまなきゃならねぇんだ! 俺らの人生を壊したのは、あんただよ!」


それでも父の表情は変わらない。

まるで、それを言われることがわかっていたような顔で、



「そうだな」


とだけ。


充は悔しくなった。

これじゃあ、ひとりで怒ってる俺が馬鹿みたいじゃないか、と。



父は息を吐いて煙草を咥えると、



「言い訳に聞こえるかもしれないが、父さんだって初めは頑張るつもりだったんだ、母さんとのこと。しかし、どうにも歯車が噛み合わなくてな」





「母さんとは、家同士が決めた見合い婚だった」と、父は言った。


当時、父には「交際していた女性がいた」らしいが、「親の意見には逆らえなくて」、「泣く泣く恋人と別れて母さんと結婚した」のだそうだ。

しかし、母も母で、交際していた男性と別れて父と結婚したらしい。



「初夜の時、母さんは泣いていた」、

「泣いていたから何もしなかった」、


「思えばそれが、その後の大きな溝になってしまったのかもしれない」。



父は煙を吐き出しながら、目を伏せた。



「それでもお互いに割り切って一緒に生活した」結果、「それから少し経って子供ができたと母さんから言われた」のだそうだ。


それが、充だった。

「生まれたての充は本当に可愛かったし、この子や妻のために頑張ろうと思った」と、父は言う。



夫婦の間に小さな溝は残されたままだったが、それでも子供を介して必死で家族になろうと努めた父。
< 118 / 227 >

この作品をシェア

pagetop