空蝉
なのに、転機は突然、訪れた。


「本当に偶然だった」と、父は言った。

昔の恋人に、街でばったり会ってしまったらしい。




子供は可愛いが、愛のない夫婦間。

初夜の時とは打って変わったように、すべてを完璧に整えようとする貞淑な妻。


「少しだけ、家にいることを息苦しく思っていた頃だったんだ」と、父は、やっぱり目を伏せたまま言った。


「最初は食事だけのつもりだった」のに、「何も変わらない彼女と話しているうちに」、「懐かしさと共に愛しさが再燃した」らしい。

で、「妻や子供に対する後ろめたさがありながらも、その後、何度か昔の恋人と会ってしまった」のだそうだ。



だが、「これではいけないと思った」から、父は、「彼女にはもう会わないと言って、今度こそ別れた」と言う。



それからはまた、「家族を大事にしようと思い直した」らしい。

いつまでも過去の思い出にしがみついていてはいけないのだし、家族との未来に目を向けなければ、と。


なのに。



2年ほど経ったある日、昔の恋人から再び連絡がきた。



「どうしてももう一度だけ会いたいの」、

「あなたの子の顔を見てあげてほしいの」。



衝撃を受けながらも、真偽のほどを確かめたかった父は、昔の恋人に会いに行った。



「そこで彼女に手を引かれていたのは、まだ歩き出したばかりの小さな男の子だった」、


「私の幼い頃にそっくりだった」、

「私の子に間違いはないと直感で思った」。



それが、翔だった。



「彼女と話し合った末、認知はできないが、その代わり、月々いくらかの養育費を払うという約束をした」
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