空蝉
まさか、翔に諭される日がくるなんて。

時は常に進み続けているという証なのかもしれない。


翔はよほど眠いのか、「じゃあな」と、舌足らずに言ってさっさと電話を切ろうとしたが、



「ちょっと待て、翔」


充は、気付けばそれを制していた。



「なぁ、翔。ひとつだけ、聞いてもいいか?」

「うん?」

「お前は、愛を磨くとどうなると思う?」


電話口の向こうが沈黙した。

翔が寝たのかと思い、充は慌てて次の言葉を紡いだ。



「愛は磨き過ぎると尖るだろ? で、それで相手を傷つける。俺はずっとそう思ってきた」


翔は「んー」とうなり声を出した後、



「俺、兄貴みたく賢くねぇし、難しいことはわかんねぇけど」


と、前置きをしてから、



「確かに、愛は磨き過ぎると尖るかもしんねぇけど、相手の尖った愛とぶつかりまくってたら、そのうちお互いに丸くなるもんじゃね?」

「丸く……」

「たとえ、それでいびつな形になったって、それを受け入れ合えばいいんだよ、お互いに。そうやって作っていくもんだと、俺は思うけど」


本心を話さずにいることで続けてきた、エミとの関係。

一方にだけ尖ってしまった、充の愛。



「お前、やっぱすげぇな」


翔から見れば、こんなに簡単なことだったんだ。

そう思うと、力が抜けた。


翔は最高の弟だ。



「何だよ? 気持ち悪ぃよ、兄貴。褒めても車は俺のだからな」
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