空蝉
食事を終えて、風呂に入り、自室に戻ろうとしたところで、父に呼び止められた。
「ケイ。最近、どうだ? 学校の方は」
「楽しいよ。うちのクラス、球技大会でも1位だったし。練習した甲斐あったよー」
「勉強、ちゃんとやってるか?」
「うん。志望校にはどうにか合格できそうだって、先生も言ってたし。でも、気を抜いたらやばいらしいけど」
「そうか」
父はケイの頭を撫でた。
子供の頃からの父の癖は変わらない。
私もう高3だよ?
と、いつも言おうと思うが、でもやめておく。
父の手は大きくて優しいから、好きなのだ。
「お父さんは? 仕事、いつも遅いけど、大丈夫?」
「あぁ。昨日、ひとつ大きなプロジェクトの話がまとまってな」
「じゃあ、当分は早く帰ってこられるんじゃない?」
しかし、父は曖昧な笑みしか返さない。
その所為で、ケイの不安は大きくなる。
もしもある日、父が出掛けたまま、帰って来なくなったりしたら。
ありえない話ではないから怖い。
両親は、多分、いつ離婚してもおかしくない状態だろうから。
きっと、それでも離婚しないのは、私のためだろう。
ケイが大学に行きたいと思う理由はたくさんがあるが、でもその中のひとつに、まだ学生でいたいからというのがある。
私が就職してしまったら、家を出てしまったら、両親の関係はいよいよ終わりを迎えてしまう気がするから。
それだけは嫌だった。
父も母も大好きで、ずっとこの家で、3人でいたい。
昔のように戻りたいと、ケイは強く思っているのだ。