空蝉
「ちょっと、それ、私のなんだけど」

「ケチくせぇこと言うなよ」


ドーナツ屋の店内を一瞥する。

ケイはまだ列に並んでいた。



「なぁ」


翔の声に、再び目を向ける。



「お前、名前は?」

「アユ」


「ふうん」と返す翔。

それから、少し考えるように宙を仰いだ翔は、



「今度、俺とデートしない?」


どこからどうなってそこに至ったのかはわからない。

翔の真意が読み取れず、アユはひどく困惑しながらも、



「しない」


はっきりと返した。


私はこいつの数いる女たちのうちのひとりになど、なりたくもない。

おまけに、もしそれが康介にバレたりしたら、どうなることか。



「そっか。残念」


ちっとも『残念』そうじゃない顔で、翔はやっぱり笑っていた。

翔はそのまま「じゃあな」の一言で、アユが買ったはずのジュースと共に去っていく。



「お待たせー」


その時、ケイがドーナツ屋の箱を手に戻ってきた。



「すっごい混んでてさぁ。って、アユちゃん、どうしたのー?」

「何でもないよ。ただちょっと、飲み物を盗まれただけ」

「え? 引っ手繰り?!」


ケイを見ていたら、気が抜けたように笑いが漏れた。

アユは「行こうか」と言い、翔が去って行った方から顔を逸らした。

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