空蝉
母も横から、かすれた声で「本当にごめんね」と言った。



「私たちがケイのことを愛しているのに変わりはないわ。でもね、もうお父さんと夫婦ではいられないの」

「………」

「一緒にいたら喧嘩ばかりになってしまう。ケイをそんな環境の中にいさせたくもない。だから、ごめんなさいね」


あなたのためなのとでも言いたげで、卑怯な台詞だ。



それでも、ケイは何も言えなかった。

ふたりの間で『決めたこと』として答えの出ていることに、ケイがそんなの嫌だと言ったところで、今更、話が覆るはずがないと、わかっていたから。


もう、ずっと前からこんな日が来ることを、覚悟していた。


それが今日だっただけ。

むしろ、長年の緊張からやっと解放されて、少し楽にもなったというものだ。



「わかった」


自分でも不思議なほど、簡単に言葉が出た。


だって、そう言うしかないから。

昔から、何度も何度も練習してきた言葉だから。



「お父さんとお母さんが話し合って決めたんなら、仕方がないよ。あ、でも、お小遣いが減るのはやだなぁ」


努めて明るく言いながら、



「私、明日は悠生とデートだから、もう寝るね。おやすみ」


ケイは逃げるようにリビングを出た。


一気に階段を駆け上り、自室に入ってドアを閉めた瞬間、涙が込み上げてきた。

ケイはしゃくり上げながら、でも両親には聞かれないようにと、声を殺して泣いた。



本当に私のためを想うなら、嘘でも夫婦を続けてくれればよかったのに。

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