空蝉
「いないよ。私ひとり」


泣いていたと知られたくなくて、ケイは顔をうつむかせた。

でも、心配してきてくれたらしい悠生を、追い返すこともできない。



「上がる?」


悠生は「うん」と言った。


ふたりで二階のケイの部屋に向かう。

日曜の昼下がりなのに、空は薄暗く、そして恐ろしく静かだった。



「ごめんねぇ。携帯、充電し忘れたんだぁ」


会話が持たなくてわざとらしく言ったのだが、悠生は物憂い顔のまま、「寝てろよ」と返し、



「お前さぁ、毎年この時期になると、風邪引くよな。夏も冬も、季節の変わり目も大丈夫なのに、何でだろうな」


無関心だと思っていた悠生が、私のことをわかってくれている。

ただそれだけのことで、ケイは少し救われた気分だった。



「病院には行ったか? おじさんとおばさん、何時に帰ってくるんだ? それまで俺がいてやろうか?」

「大丈夫。気にしないで。お父さんもお母さんも、いつ帰ってくるかわからないから」


父に関しては、今晩、帰ってくるのかどうかすら、定かではない。

『すぐにすぐの話ではない』とは言われたけれど、でも今日じゃないという保証はない。



「悠生に風邪移したくないし。寝てれば大丈夫だよ。明日は学校行く。テスト近いしさ」

「………」

「色々ありがとねぇ。回復したら、いっぱいサービスしちゃう」


大袈裟な身振り手振りで、ケイはおどけて言って見せた。

が、悠生は、



「何で泣いてんだ?」


と、怪訝な顔をする。


「え?」と驚いて、頬に触れてみたら、生あたたかな感触があった。

顔が引き攣る。
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