空蝉
ふたりで、駅の近くのカラオケ屋に場所を移した。
ケイが泣いていたから、アユが人に見られないように配慮してくれたのだ。
ソファに座り、音楽を入れることもなく、暗がりな一室で隣り合う。
「私ね、ずっと誰にも言ってなかったけど、前に付き合ってた人がいて。そいつ、絵に描いたようなろくでなしでさぁ」
何も言わないケイに、アユは取り留めもなく話し始めた。
「浮気やギャンブルは当たり前。働かずに飲んだくれて、キレて暴力。殴られたり蹴られたりしながら、『ブス』とか『役立たず』とかは、さんざん言われた」
そういえば、アユはよく学校を休みがちだった。
ケイはただ単純に、アユが学校をさぼっていただけだと思っていたけれど。
「だからさ、苦手だったんだよね、男の人が。っていうか、他人が。だから学校でも、あんまりみんなと関わりたくなかったの」
「………」
「でもさ、ケイはそんな私に普通に話し掛けてくれて。普通に接してくれた。悠生もだけど、すごく嬉しかったし、それだけのことで死なずに頑張れた」
「………」
「だからさ、ケイと悠生には感謝してんの。今でもずっと」
きっとアユは、そう思っているからこそ、ケイの八つ当たりも受け止め、根も葉もない噂すら否定せずにいたのだろう。
いつも一緒にいれば、それだけで『親友』なのだと疑いもせずに思っていた自分。
アユの気持ちに、ケイは心底申し訳なくなった。
だから、ケイも、自分のことを言葉にする。
「私の親、離婚することになったの。前からずっとそんな空気だったし、頭ではわかってたけど、少し前に、それが決定的になって」
「うん」
「すごく辛かった。でも、親にそれは言えない。だからって、こんな時期に悠生を頼るようなこともしたくなかった。悠生の迷惑にだけはなりたくなかったし」
「………」
「それにね、前から、好きなのは私だけだったし。私だけが、悠生のことを一方的に好きだった。それも苦しかったから、この際、ちょうどいいや、って」
なのに、アユは肩をすくめて「馬鹿だね」と言う。