空蝉
夏休みであまり会わなかったし、アユがその後のことを言わなかったから、ケイもすっかり忘れていたけれど。

悠生も前にそれっぽいこと言ってたし、と、前のめりに聞いたケイに、だけどもアユは、



「いや、そんなんじゃないけど。なんて言えばいいのかな。恋人未満みたいな?」


と、曖昧なことを言う。


ケイは首をかしげた。

アユは少し顔を赤くして、取り繕うように、



「向こうは好きって言ってくれてるし、私も好きなんだけど。でも、私の方が色々と理由をつけて付き合うのを避けてるっていうか」

「うん?」

「ほら、さっき言ったじゃん? 元カレのこと。だから、怖いんだよね、まだ。頭では大丈夫だってわかってるし、信じてるけど、心がついていかないの」

「………」

「けど、向こうもそれわかってくれてるみたいで、『アユが大丈夫になるまで待ってる』って言ってくれてさ。手を繋いだり、キスしたりする以上のことは、してこないの」

「………」

「悪いなとか、申し訳ないなとか、いつも思ってる。私が勇気出せないから、苦しめてるんだろうなぁ、って」

「アユちゃん……」

「まぁ、多分、今は私がいじめられてると思ってるらしくて、過敏になってるんだろうけど。だから少しでも時間ができたら私の顔見たいんだって」

「………」

「違うって言ってんのに、聞いてくれなくてさ。あの人、昔、妹さんがいじめられてたらしくて、そういうののトラウマもあるみたいで」


自分のことを話すのが苦手らしいアユは、頬を掻いた。

ケイはずずっと鼻をすすり、



「会わせて、その人に」

「え?」

「アユちゃんが好きになった人なら、私も会ってみたい。それに、前に言ったでしょ? 『最低男だったら、私が殴ってあげる』って」

「けど、そんな、期待されるような人じゃないよ。普通だし」

「いいの! お願い!」


両手の平を合わせて頭上高く掲げたケイに、根負けしたのか何なのか、アユは「わかったよ」と言った。


どうしてこんなに、アユの想い人に会いたいと思ったのかはわからない。

けど、でも、ケイはそれが天命のように思えたのだ。

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