空蝉
真っ暗な部屋の中で、涙をこぼした真理の横顔が月明かりに浮かんでいる。

こんな状況なのに、それをひどく美しく思った。


真理だけが俺のために泣いてくれるのだと、それだけのことに救われたのかもしれない。



「これからどうするの?」

「わかんないけど、学校は辞めなきゃいけないだろうね」

「……そん、な……」

「別にいいよ。元々、勉強嫌いだし、翔が決めた進路について行っただけだから」


この家の中で、唯一、ヨシキが気に入っていたソファも母に持ち去られたため、仕方がなく壁に背をつけ床に座った。

片膝を立てて煙草をくわえる。



「それより、翔が心配するよ、真理。子供は早く帰りな」


しかし、怒った顔でつかつかと歩み寄ってきた真理は、ヨシキが火をつけようとしていた煙草を奪い取って投げ捨て、



「私はもう、よっちゃんが思ってるほど子供じゃないよ」


真っ直ぐな目。

近すぎる距離で見据えられ、ヨシキは体が硬直した。


真理はヨシキの体にしなだれかかる。



「私、もうすぐ14歳になるんだよ? 昔の人は私の年ではもう結婚してたよ? 生理だってちゃんときてるし、子供産める体なんだよ? ねぇ、よっちゃんの言う『大人』って何?」

「………」

「こんなよっちゃんを放っておくことが『大人』なの? よっちゃんは私に、そんな風になれっていうの?」


言葉が出なかった。

ヨシキは恐る恐る、震える手で、泣きじゃくる真理の背中をさする。


頭の中にいたはずの白いのと黒いのは消えていた。


何もかもが、もうどうなってもよかった。

他人や世間のことなど、考えられる余裕はない。



「ほんとは俺だって、寂しいし、怖いし、不安だよ。ねぇ、ずっと俺の傍にいてよ、真理。もう、真理だけいてくれればいいんだ」
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