空蝉
目が合った。

女の子は背が低いから、上目に見上げられた形だ。


仕事中だからあまり化粧っ気がないのだろうが、この子はメイクすれば可愛い顔になるのになと、ヨシキはぼうっと思った。



「それ、返してもらえますか?」

「え?」

「急いでるんです。早く返してください」


やっぱりぶっきら棒に言われ、ヨシキが「ごめん」と言った瞬間、手の中の物を奪い取られた。


そのまま服の山を抱えて走っていく女の子。

ヨシキは首をかしげながらその後ろ姿を見送った。



「よっしー。見たぞ、見たぞぉ」


弾かれたように顔を向けると、モデル仲間の悠馬が。

悠馬は「うしし」と笑いながら、



「今度、テレビ出るんだってぇ?」

「らしいね」

「ってことは、今の、スキャンダルになるんじゃないの? どこからラブが始まるかわかんねぇからなぁ」

「何言ってんだか。ぶつかっただけでしょ」


なのに、聞いちゃいない悠馬は、



「ぶつかってラブが始まるだなんて、少女漫画みたいだなぁ、おい」


「ぎゃはははは」と豪快に笑われ、ヨシキは呆れた顔を向けた。


真理が死んで以来、何ひとつ心が動かないのに、どうやってそこから『ラブが始まる』のか。

くだらなすぎて笑うことも忘れていた。



しかし、悠馬はヨシキに肩を組んで声を潜め、



「今の子の名前、俺知ってるぞ」

「え?」

「聞きたいか? 聞きたいよなぁ?」

「別に」
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