空蝉


冴子が日本に戻って来たらしい。

会いに行ったら、土産と称して香水をもらった。


ハリウッド俳優の誰かも愛用していてどうこうと、冴子は嬉しそうに語っていた。


ヨシキは香水の箱を開け、手首にそれを振って擦り合わせ、匂いを嗅いでみる。

つんとしたきつい匂いだったが、冴子がわざわざ自分を思い出して買ってくれたのだろうなと思い直し、「ありがとう」と笑みを返す。



それから、冴子の仕事の愚痴や海外での思い出話を聞いてやった。



冴子はいい。

優しいし、綺麗だし、賢いし、話もおもしろい、まさに大人の女性といった風。


なのに、どうしてだか、ヨシキは美雨のことを思い出していた。


今日が雨だからなのかもしれない。

俺は雨を美しいものだとは思わないけれど。



「ねぇ、あなたちょっと痩せた?」


ベッドの中で、冴子はヨシキの胸元に触れ、



「私がいない時、ちゃんとご飯食べてるの? ダメよ、痩せすぎは。それ以上は美しくないわ」


俺は生まれた時から醜い存在だよ。

言いたい言葉を飲み込み、ヨシキはたしなめるように冴子の手を握った。


雨音がうるさすぎて嫌になる。



「冴子さんのことを考えてたら、寂しくて、この一週間、食事も喉を通らなかったんだ」

「あら、お上手ね」


冴子は余裕の笑み。

ヨシキも笑う。


これくらいの距離感がちょうどいい。


いっそ、感情も記憶もすべて失くし、冴子の人形になるのもアリなのかもしれないと、最近は思ったりもする。

同じ、真理のいない世界で生き続けなければならないなら、そっちの方がよっぽどマシだろうから。

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