空蝉
1
繁華街を歩いていると、大抵、翔を見掛ける。
翔を見掛けるようになったのは、2ヶ月ほど前からだ。
友人から「バイト先が人手不足だから、短期でもいいから手伝ってほしい」と言われ、アユは、繁華街からほど近い場所にある飲食店で働くようになった。
夜の10時にバイトは終わり、それから繁華街を通って帰宅していると、いつの頃からか、翔の存在を知るようになった。
「翔」と呼ばれているのだけは知っているが、そのほかのことは、何も知らないし、特に知りたいとも思わない。
背が高くて、遠目にも精悍な顔立ちをしていて、いつも貼り付けたような薄い笑み。
隣には、毎日、毎晩、違う女を従えて。
何が楽しいのかと、翔を見る度に、アユは思う。
誰が誰かわかってんだろうかとか、どういう会話をしてるのか覚えてるんだろうかとか。
あんた何でいつも同じ顔して笑ってんのよ、とか。
翔は、時々は男たちに囲まれていることもあるが、それでもやっぱり楽しそうな顔などしていない。
だから、そういう意味では気になる存在ではあるのだ。
でも、別にそれだけ。
それ以上も以下もなく、ただ、アユは帰宅がてら、今日もいるなと、翔を見ることが日課となっていた。
たまにはちゃんと笑えよと、内心で念を送りながら。
それがアユの、つまらないだけの日常なのだ。